虐殺も戦争犯罪もきちんと学校で教えず歴史修正主義者が大量にいる
妄言を百万回繰り返し真実にしようとする歴史修正主義。
やれやれ、僕は論破した。
極左の自分等とは意見が合わない我那覇真子の家を探し出して
しばき隊の野間と2人で突撃したキチガイ
いつものキチガイ朝鮮人
韓国も虐殺じゃなくて独立運動だって言ってるだろ
それと同じだぞ
帰国事業にも背を向け、帰らなかった連中とその子孫が在日なのだ
帰国して同胞達と暖かい社会で暮らせ
どーさそよーもねーなーこいつらほんとに消えないよな
とか考えてる相手と話すのは…、可能だけどそこまでの労力かける意義を見出せない
そして
>ハンギョレ&安田浩一
会話にならない気がする
逃げられないよーに後ろから銃口を構えてな
当時の日本人の共通認識になってたんじゃないの?
日頃の行いは大切ですよ
戦前日本は朝鮮人を1200万人、増やした
許されざる罪である
朝鮮半島の人口を2倍に増やしてごめんなさい
24歳だった平均寿命が30年以上伸ばしてごめんなさい
人口の30%を占めていた奴隷を解放してごめんなさい
幼児売春や幼児売買を禁止してごめんなさい
家父長制を制限してごめんなさい
度量衡を統一してごめんなさい
家畜扱いだった朝鮮女性に名前がつけられるようにしてごめんなさい
忘れられていたハングル文字を整備して標準朝鮮語を定めてごめんなさい
朝鮮語教育のための教科書、教材を大量に作成したり持ち込んでごめんなさい
5200校以上の小学校をつくってごめんなさい
師範学校や高等学校があわせて1000校以上つくってごめんなさい
239万人が就学して、識字率が4%から61%に上げてしまってごめんなさい
大学をつくってごめんなさい
病院をつくってカルト呪術医療が禁止してごめんなさい
上下水道を整備し、入浴するよう指導してごめんなさい
泥水すすって下水垂れ流しの生活をできなくしてごめんなさい
日本人はずっと徴兵されていて戦場で大量に死んだのに朝鮮人は終戦間際の1年しか徴兵されず、内地の勤労動員だけで済まされていてごめんなさい
志願兵の朝鮮人が死亡したら、日本人と同じく英霊として祀られてしまってごめんなさい
100キロだった鉄道が6000キロも引いてしまってごめんなさい
港をいっぱいつくってごめんなさい
どこでもどこまでも電気が引かれてごめんなさい
会社がつくられるようになって、物々交換から貨幣経済に転換してごめんなさい
二階建て以上の家屋がつくられるようになってごめんなさい
秀げ山に6億本もの樹木が植林をしてごめんなさい
ため池をつくってごめんなさい
今あるため池の半分もいまだに日本製でごめんなさい
道路や川や橋を整備してごめんなさい
耕作地を2倍にしてしまってごめんなさい
近代的な農業を教えられたせいで、1反当リの収穫量が3倍になってしまってごめんなさい
風習とはいえ、乳を出したりして生活するのがとても恥ずかしい事にしてごめんなさい
【試し腹】
「女は子を産む道具でしかない」朝鮮では、「道具(女)が不良品(不妊症等)であってはならない。
故に、『これこの通り、妊娠できる体でございます』ということを証明するために、「種男」という男に娘を犯させ、
妊娠した状態で輿入れさせる」。生まれてくる子の相続権が問題になるため朝鮮総督府が禁止した。
【シバジ】
家の跡継ぎとなる男子を得るために、子供を生むための女性を雇うこと。シバジになったのは、寡婦や賤民で、
おもに子をたくさん産んだ女性であった。世継ぎの男子を出産した場合には顔も見ないうちにすぐにその家を
立ち去ることがシバジの掟であるとされた。人権上問題があるため、朝鮮総督府が禁止した。
【嘗糞】
人間の糞を舐めて、その味が苦ければその人物の体調は良くなっており、甘ければ体調が悪化していると判断する民間療法。
不衛生なため日韓併合後に禁止された。
【病身舞】
大げさに身体障害者や病人の振りをして、身体障害者や病人を笑いものにし、それを見た人々の笑いを誘う伝統芸能。
日本人の感覚では好ましく無かった為、日韓併合とともに直ちに禁止されたが、独立後復活した。
【乳出しチョゴリ】
その名の通り、胸を露出させたチマチョゴリのこと。
後継ぎである長男を出産した女性のみに着用が許されたため、日本併合以前の朝鮮人女性にとって誇りであった。
そのような濁流を前にして「差別とヘイトが人を殺す」と声をあげる人物がいる。日本社会のマイノリティーへのヘイトと差別の問題を執ように伝えてきた独立ジャーナリスト、安田浩一さんだ。(略)
■100年前の虐殺、そして虐殺の否定
なぜ関東大震災なのか。今月9日の講演のためにソウルを訪れた安田さんはハンギョレとのインタビューで、「私にとって関東大震災の朝鮮人虐殺は、今も続いている差別と偏見の荒波」だとして、「虐殺は完全には終わっておらず、その種は日本各地で育っている」と語った。虐殺の責任を無視する日本は今も弱者に対する「ヘイトと不寛容、排他と差別にまみれた」社会である理由がここにある。「鮮人(朝鮮人)暴動という流言飛語とそれに便乗した自警団の暴虐は、大正時代の東京の歴史においてぬぐい去ることのできない汚点」(1972年『東京百年史』)であることを認めていた日本は、今や歴史を否定している。1974年以降、朝鮮人犠牲者の追悼式に毎年送られていた東京都知事の追悼文は、2017年に途絶えた。真実と向き合う姿勢は遠のいた。
大韓民国国会は昨年12月、共に民主党のユン・ゴニョン議員が代表となって提出した「関東大震災朝鮮人犠牲事件の真相究明および犠牲者の名誉回復に関する特別法」を可決した。首相室の下に委員会を設置し、最大6年間にわたり関東大震災での虐殺の真相を追及する法的根拠が整備されたが、加害国が認めて反省しない限り「虐殺の犠牲者は眠れない」
そのため、恐ろしい虐殺を告発する安田さんの文章は、檄文に近い激しい口調で書かれている。加害国日本の国民として、良心的な知識人として同氏が抱いてきた惨憺たる思いが、紙面にそのまま表れている。その思いは、まるで昨日起きた殺人事件を目撃した人物の証言のように生々しく迫ってくる。自警団に殺害された朝鮮人に関する当時の日本メディアの記事内容について、同氏はこう記す。「読み直すとうんざりする。(中略)刀で刺される瞬間に叫ぶ朝鮮の男たちに湧き上がった感情はどのようなものだったろうか。怒りか、悲しみか、それとも突然自分に襲いかかってきた不運に対する嘆きか。不合理な殺人を網膜に残して死にゆく彼の最後の叫びこそ、当時の朝鮮人が強いられていた『場』だった」
安田さんは「ノンフィクション作家として、これほど激しい怒りの感情を文章で表現することが正しいのか、今でも確信が持てない」としつつ、「差別に苦しみ、人間としての尊厳さえ否定されてきた在日コリアンたちを多く見てきたので、国の利益のためにマイノリティーに苦しみを強いることに対して、胸が張り裂けそうになるほど心から怒りを感じる」と語った。続けて「少なくとも差別問題や歴史問題には中立などはあり得ず、差別の言葉をまるでひとつの意見のように紹介することに対しては嫌悪感を抱く」と述べた。
激情的だからといってファクトをおろそかにしているわけではない。膨大な量の文献を検討し、虐殺現場を一つひとつ訪ね、韓国と日本の関係者を取材したのはもちろん、当時の日本の自警団が主に使用した武器であるとび口の形状まで追跡する誠実さが印象的だ。堅実な取材を前にして、右翼の詭弁の立つ瀬はないように思える。
「あの虐殺は地震の混乱の中で起こりました」。日本社会の虐殺描写のやり方だ。安田さんはこのような描き方を強く拒否する。「地震はひとつのきっかけに過ぎず、殺意を発動させたのはまさに差別と偏見」だと考えるからだ。関東大震災の虐殺は決してデマの拡散による偶発的な事故ではない。1923年9月3日、内務省警保局長の後藤文夫は全国各地に打電し「東京付近の震災を利用し、朝鮮人は各地に放火し不逞(ふてい)の目的を遂行」しようとしているとし、取り締まりを要請する。安田さんは「日本は当時、植民地主義を発展させるために朝鮮人を迫害し、殺害した」として、「朝鮮人は日本人よりも下位の階級であるべきで、『人間ではないから殺しても構わない』と考えていた」と指摘した。
「虐殺」はないものの、今日も状況はあまり変わっていない。100年前も今も、政治権力は差別とヘイトを統治技術として利用している。「差別は低コストで人心を掌握できる便利な『政策』」であり、「差別行為に保証書を与えるのは行政」なのだ。
以下全文はソース先で
ハンギョレ 2026-07-25 11:07
https://japan.hani.co.kr/arti/culture/56786.html