日本の災害対策について海外のネットユーザーが驚くことがあります。
その一つが、地震などの災害が発生した際に避難所へ用意される段ボール製の簡易ベッドです。
韓国のネット掲示板「ILBE」では、2026年8月に日本の避難所で使われている段ボールベッドを紹介する投稿が掲載されました。
投稿では、日本の避難所について独自の説明が加えられており、段ボール製のベッドを見たユーザーにとっては「なぜ災害時に段ボールなのか」と疑問を持つきっかけになったようです。
しかし、実際に日本の防災行政を調べてみると、段ボールベッドは単なる簡易的な寝具ではありません。
避難所の生活環境を改善するための重要な設備の一つとして、国も導入を進めています。
なぜ災害時に「段ボール」のベッドを使うのか
段ボールベッドを初めて見た人の多くは、
「段ボールで人が寝ても大丈夫なの?」
と感じるかもしれません。
確かに、一般的な段ボール箱を思い浮かべれば、ベッドとして使うことに不安を感じるのも当然です。
しかし、災害用の段ボールベッドは、単純に段ボールを重ねただけのものではありません。
複数の段ボール部材を組み合わせ、荷重を支えられる構造にした専用製品です。
例えば、国内メーカーが製造する避難所用段ボールベッドには、100kg程度を耐荷重の目安とする製品もあります。
また、組み立て式になっているため、使用していないときには比較的コンパクトに保管できます。
これは災害対策において非常に大きなメリットです。
体育館の床に直接寝る問題
段ボールベッドが重要視される最大の理由の一つが、避難所で床に直接寝ることによる負担を減らすことです。
日本では、学校の体育館や公民館などが避難所として使われることがあります。
しかし、これらの施設は本来「長期間生活するための住宅」ではありません。
災害が発生した場合、床にマットや毛布を敷いて寝ることになりますが、長期間にわたって床で生活すると、体への負担が大きくなります。
特に高齢者や体の不自由な人にとっては、床から立ち上がる動作そのものが大きな負担になります。
内閣府も避難所の生活環境を改善するため、簡易ベッドやパーティションなどの設置を進めています。
つまり、段ボールベッドの目的は「豪華なベッドを用意すること」ではありません。
災害によって突然、体育館などで生活することになった人の身体的な負担を少しでも減らすことにあります。
実は2011年の東日本大震災が大きな転機
日本で段ボールベッドが災害支援の一つとして広く知られるようになった背景には、2011年の東日本大震災があります。
段ボールメーカーの中には、東日本大震災をきっかけに避難所向けの段ボールベッドを開発した企業があります。
現在では、自治体と段ボールメーカーが協定を結び、災害発生時に必要な数量を供給できる体制を整えている地域もあります。
これは日本ならではの防災体制の一例とも言えます。
普段は段ボール箱などを製造している企業が、災害が起きたときには被災者向けの簡易ベッドを供給する。
つまり、災害用ベッドを大量に完成品として保管しておくだけではなく、必要になったときに地域の工場などから供給する仕組みも作られています。
広島県では、西日本段ボール工業組合と県が協定を結び、災害時に段ボールベッドなどを避難所へ優先提供する仕組みが構築されています。
段ボールだからこそのメリット
では、なぜ金属製や木製のベッドではなく段ボールなのでしょうか。
大きな理由の一つが、軽さと扱いやすさです。
災害が発生すると、避難所には大量の物資が必要になります。
水、食料、毛布、衣類、衛生用品などを運ばなければならない中で、重いベッドを大量に運搬するのは簡単ではありません。
その点、段ボール製の簡易ベッドは組み立て式にすることで、輸送や保管をしやすくできます。
また、使用後にはリサイクルしやすいというメリットもあります。
広島県への供給事例でも、段ボールベッドはシンプルな設計で、必要になったときに被災地近くの工場で製造して送ることができ、避難所の撤収時には古紙として回収できると説明されています。
「段ボール=簡素」ではない
ここが今回の話題で特に重要なポイントです。
段ボールという素材だけを見ると、
「災害だから、とりあえず安いものを使っている」
という印象を持つかもしれません。
しかし、実際にはそう単純ではありません。
災害時には、
・大量に必要になる
・短時間で設置しなければならない
・輸送しなければならない
・保管スペースを確保する必要がある
・使用後の処理も考えなければならない
という複数の条件を同時に満たす必要があります。
段ボールは、こうした条件との相性が比較的良い素材です。
そのため、災害用ベッドとして採用される理由があります。
ベッドだけではなく「プライバシー」も重要
避難所で重要なのは、寝る場所を確保することだけではありません。
プライバシーをどう守るかという問題もあります。
体育館などの広い空間に多くの人が集まる避難所では、家族単位で生活することが難しくなります。
着替えたり、授乳したり、休んだりする際にも、周囲の視線が気になる可能性があります。
そのため、日本の防災行政では、段ボールベッドとともにパーティションなどを利用して生活空間を区切ることが推奨されています。
内閣府は2024年12月に改定した避難所関連の指針で、避難所開設時からパーティションや段ボールベッドなどを設置する考え方を示しています。
つまり、
ベッド+仕切り
という組み合わせが重要になります。
防犯面でもプライバシーは重要
今回のILBE投稿では、避難所のベッドが性犯罪の防止にもつながるという趣旨の説明がされています。
この点については注意が必要です。
「段ボールベッドそのものが性犯罪を防ぐ」と断定することはできません。
一方で、避難所のプライバシーや安全性を確保することが、防災上重要であることは日本政府の資料から確認できます。
内閣府男女共同参画局は、過去の災害で避難所などのプライバシーを守ることが難しい環境において、性暴力やDVの発生が報告されていると説明しています。
その対策として、世帯ごとのエリアを間仕切りで確保することや、トイレ・更衣室・入浴設備の安全な配置、照明、防犯ブザーなどの対策を挙げています。
政府広報でも、避難所でのパーティションはプライバシー確保だけでなく、防犯の観点から外部からの出入りや他人の立ち入りを制限する目的でも活用できると説明されています。
そのため、正確には、
段ボールベッドそのものが犯罪を防ぐというより、ベッドやパーティションなどを含めて避難所の生活空間を整備することが、安全・安心につながる
と考えたほうがよいでしょう。
「1人1台」という考え方にも意味がある
避難所では、限られたスペースに多くの人が集まります。
そのため、すべての人に個別の部屋を用意することは現実的ではありません。
そこで重要になるのが、限られた空間の中で、個人の生活スペースをどこまで確保できるかという考え方です。
一人ずつ寝る場所を明確にし、必要に応じて周囲を仕切る。
これだけでも、床に人が密集している状態と比較すれば、生活環境は大きく変わります。
ただし、今回のILBE投稿にある「日本の一級避難所では欧州製のベッドが全員に用意される」という説明については、今回確認した日本政府の資料からは裏付けが取れませんでした。
ネット上の情報を見る場合には、このように投稿者の説明と、公的資料で確認できる事実を分けて考えることが重要です。
日本政府も「寝床の改善」を重視している
段ボールベッドについて調べると、単なるネット上の話題ではないことが分かります。
内閣府は、避難所における良好な生活環境を確保するための指針やガイドラインを公開しています。
2024年7月には、避難所開設当初からパーティションや段ボールベッドなどの簡易ベッドを迅速に設置するよう、各都道府県の防災担当部署に通知しました。
さらに2024年12月のガイドライン改定では、能登半島地震などを踏まえ、生活空間の確保としてパーティションや段ボールベッドを避難所開設時に設置することが盛り込まれました。
これは、日本の避難所対策が単に「屋根のある場所を提供する」という段階から、避難した後の生活の質を改善する方向へ進んでいることを示しています。
海外から見ると意外に見える日本の防災文化
今回、韓国のネット掲示板で段ボールベッドが話題になったのは、素材そのものの意外性も大きかったのでしょう。
しかし、日本側から見ると、段ボールベッドは東日本大震災以降、災害時の避難所環境を改善するために使われてきた設備の一つです。
日本では地震や台風、大雨などの自然災害が繰り返し発生するため、避難所で長期間生活する可能性があります。
だからこそ、
「とりあえず体育館に避難させる」
だけではなく、
「どうすれば避難した人が少しでも健康的に、安全に生活できるか」
という視点が重要になります。
段ボールベッドは、その考え方を象徴する存在の一つと言えるでしょう。
まとめ
韓国のネット掲示板で紹介された日本の段ボールベッドは、一見すると「なぜ災害時に段ボールなのか」と疑問に感じる設備です。
しかし実際に調べてみると、段ボールベッドには、
・床に直接寝る負担を減らす
・高齢者などが立ち上がりやすくする
・大量に輸送、保管しやすい
・地域のメーカーから災害時に供給できる
・使用後にリサイクルしやすい
といった利点があります。
そして重要なのは、ベッドだけではありません。
パーティションなどを組み合わせてプライバシーを確保し、トイレや更衣室、照明、防犯対策などを含めて避難所全体の環境を整えることが求められています。
今回の投稿をきっかけに見えてくるのは、「日本の避難所には段ボールのベッドがある」という珍しい話だけではありません。
災害が起きた後、被災者がどのような環境で生活するのかまで考えて、防災の仕組みを少しずつ改善してきた日本の取り組みです。
一見すると簡素に見える段ボールベッドも、実際には輸送、保管、組み立て、寝床、衛生、プライバシー、撤去後のリサイクルまで考えられた災害用の設備なのです。
海外から見ると意外に見えるこの仕組みは、日本の災害対策が「避難すること」だけではなく、「避難した後にどう生活するか」へと重点を広げてきたことを示す一例と言えるでしょう。
参考資料
・内閣府「避難所の生活環境対策」
・内閣府「避難所開設当初からパーティション・段ボールベッド等の簡易ベッドの迅速な設置について」
・内閣府男女共同参画局「災害対応力を強化する女性の視点」
・政府広報オンライン「避難所での生活ルール」
・ILBE掲載記事「日本の段ボールベッド」
