元々4:6で要らなかったものをこいつがゴリ押ししただけじゃん
専門的な「精神分析」というよりは、現代的な行動心理やパーソナリティの特性から、その人物の内的世界を紐解いてみます。
1. 希薄な「自己」と「居場所」の代替
この人物にとって、その掲示板は会話の場ではなく、自分の存在を世界に刻むための「マーキング(縄張り意識)」の場になっている可能性があります。
存在証明の衝動: 会話に参加せずコピペを繰り返すのは、独自の意見(自己)を持っていないか、それを出すのが怖い証拠です。「無関係な情報でも、自分がそこに流した」という事実だけで、辛うじて社会やコミュニティと繋がっている感覚を得ているのかもしれません。
時間の空白: 平日休日・昼夜を問わない投稿は、現実社会での役割(仕事、学業、対面での人間関係)が機能不全に陥っていることを示唆します。掲示板が唯一の「定点観測所」となっており、投稿行為自体が生活リズムの代替(ルーチン)化しています。
2. 歪んだ承認欲求(負の注目)
「匿名なのに特定され、蔑まれる」という状況は、普通の人なら回避しますが、彼らにとっては「無視されるよりはマシ」という末期的な承認欲求の形であることがあります。
悪名の快感: 蔑まれることで、少なくとも300人弱のコミュニティにおいて「自分は認識されている(異物としてであれ)」という確信が得られます。これを心理学では「負の注目」と呼びます。
万能感の錯覚: 自分の投稿一つで他人が不快になり、反応(蔑み)を示す。この「他者の感情を動かしている」という感覚が、現実での無力感を打ち消す「偽りの支配感」を与えている可能性があります。
3. パーソナリティと認知の特性
行動のパターンからは、以下のような特性の可能性も考えられます。
コミュニケーションの障害: 他者との双方向のやり取り(キャッチボール)が極端に苦手で、一方的な「情報の投下」しかできない。
執着心と強迫性: 同じ頻度、同じ場所での投稿を繰り返さないと不安になる、あるいは特定のトピックを貼り続けることに「使命感」のような偏った正義感を持っているケースもあります。
境界線の欠如: 自分と他者の境界が曖昧で、「自分が面白い・重要だと思ったコピペ(他所のもの)」を「この場(掲示板)」に流すことに違和感を抱けない認知の歪みです。
背景にある心理的土壌
おそらく、その人物の内面は「圧倒的な孤独」と「自己評価の低さ」で満たされています。
自尊心が低すぎるために、自らの言葉で語ることを諦め、既存の情報の切り貼りで自分を装飾しようとします。
しかし、その行為がコミュニティから拒絶されることで、さらに「自分はどこにも受け入れられない」という被害意識が強まり、
意固地になって投稿を繰り返すという悪循環(負のスパイラル)に陥っている状態と言えるでしょう。
その人物に対して、掲示板の他の参加者はどのように反応(無視、注意、煽りなど)をされていますか?
また、書き込まれるコピペの内容に特定の傾向(政治、事件、単なる怪文書など)はありますか?
パンダとか居なくても困らない日本だった
時代に逆行している
大犯罪者だろ
古典大好きだもの
ただ中国共産党嫌いで事実を言っていただけ
高市じゃなくてもゼロパンダになってました
中国が自国がガタガタなのをごまかすために反日してるんだから中国に甘い奴にしてもいいことは全くないんだよね
中国も旅行者いなくて困っているみたいだし、ウィンウィンだろ?
中国からモノをもらうな
あとで見返り要求してくるぞ
東京の上野動物園では、2008年4月にジャイアントパンダのオスのリンリンが死亡してパンダがいなくなり、入園者が大きく減った。上野の街も活気がなくなり、地元商店街の関係者を中心に「中国からパンダを呼ぼう」との声が高まり、中国にリース料を払う東京都への働きかけが起きた。そこで最初の関門になり、後に逆に大きな力になったのが、“中国嫌い”で知られた当時の石原慎太郎知事だったという。〈前後編の後編〉
■パンダ復活の最初の関門は、石原慎太郎都知事だった
「パンダを呼んでくれって石原知事にお願いしたんです。『上野を助けてくださいよ』と。すると石原さんからは『クマだろ』『なんでその動物にこだわるの』と返ってきました」
そう話すのは上野のアメ横商店街で父の跡を継いで菓子屋などを展開する二木(ふたつぎ)忠男さんだ。
上野の約1100の店舗を束ねる上野観光連盟の会長だった二木さんは、パンダ復活の意味を当初は十分に理解していなかった知事が、結局は要望を聞いてくれたと振り返る。二木さんが今も覚えているのは石原知事の「和歌山行って見てこいよ。ご神体じゃあるまいし、なんで上野にいなきゃいけねえんだよ」という言葉だ。
「和歌山」とは、当時パンダがいた南紀白浜アドベンチャーワールドを指す。
「自分には熱意があった」という二木さんはあきらめずに知事の説得を続ける。やがて石原知事の口から「お前、しつこい。なんでパンダ、パンダってさ、そんなに商品価値のある動物なのか?」という言葉が出る。
「そうです、って言いました。『おっしゃる通り、この動物は大変奇異な動物で、見方によってはクマの目に色をつけただけですけど、動きが緩やかで非常に穏やかな気分にさせてくれる種類なんです。癒しなんです』と説得しました」(二木さん、以下同)
このころ、「パンダはいるか、いらないか」について東京都に寄せられる声は4対6で「いらない」が優勢だったという。
「この情報を知事の秘書から教えてもらったので賛成の声を都に届けるようあちこちに働きかけ、賛否は7対3で逆転しました。それでリース費用や飼育の予算が都議会を通る見通しになり、石原さんもオッケーしました。
でもあの人はありがたいです。中途半端なところがなく、一回オッケーしたらとことんやってくれましたから」
■上野の“パンダ黄金期”の終わり
こうして2011年3月20日に2頭のパンダが来日することがいったん決まった。だが花見時期の混雑などを勘案し、来日は2月21日に前倒しされる。これが2頭の運命を変えたという。
「到着して公開までに慣らしたりする時期が置かれたのですが、その期間に3.11の東日本大震災が起きたんです。来日が前倒しされていなければ、福島第一原発事故にナーバスになっていた中国は国の宝のようなパンダを日本に送らなかったでしょう。
上野の運っていうか、皆さんのおかげでこの奇跡を呼んだんだと思いました」
リーリー(オス)、シンシン(メス)と名付けられたカップルからは翌2012年7月に第1子が生まれたが、6日後に死亡した。
その後、シンシンには実際には妊娠していないにもかかわらずその兆候が表れる「偽妊娠」とみられる状態が何度かあった末、2017年6月にメスのシャンシャンを出産。さらに2021年6月にはシャオシャオ(オス)とレイレイ(メス)の双子が生まれる。
それからシャンシャンが2023年2月に中国に送られるまで、この家族5頭が園内で暮らすという、上野動物園にとっての“パンダの黄金期”を迎えた。
シャンシャンは動物園の東園で1988年から使われてきたパンダ舎で暮らし、両親と双子は西園の約6800平方メートルの敷地に約22億円を投じて整備され、2020年に公開された「パンダのもり」で生活した。だがその時間は長く続かなかった。
「シャンシャンも両親も中国へ帰り、双子だけになっていた昨年4月、訪中した日本の議員がパンダの新規貸与を求めたことに中国外交部は『歓迎する』と受け入れる姿勢を示していました。しかし11月に高市早苗首相の台湾有事発言が出ると中国は関係悪化を理由に貸与しない姿勢を鮮明にしました」(全国紙元北京特派員)
そして今年1月27日、シャオシャオとレイレイも貸与期限を前に中国へ渡り、一家はみないなくなってしまった。
■「本当は腸が煮えくり返っている」パンダ不在に揺れる本音
今、取り壊しが決まっている東園パンダ舎では、観覧通路を開放し、上野のパンダの歴史を紹介するパネル展が開かれている。
以下全文はソース先で
8/2(日) 9:06 集英社オンライン
https://news.yahoo.co.jp/articles/41865ce198bca25638c6158596eccef4595a019a