結果もそうなっただけではあるけど
どうせ持ち上げるならスウェーデンの方がいいだろ
現代の多くの日本人が忘れかけている守るべき日本の大切な文化や習慣です。
「日本の街はチリ一つないほど清潔で、白い靴下で100歩歩いても、靴下の底は新品のように白い。バスは分単位で正確に来る。まるで都市全体が精密な時計のようである。スーパーでは果物一つひとつが完璧で、くしゃくしゃにした紙でごまかしたり、ラベルで傷んだ部分を隠したりすることはない。「誠実」という言葉は、口にせずとも人々の心に自然と宿っている。
日本の最も尊い慣習は「無言の信頼」である。婦人は手提げバッグを置いたまま物を買いに行き、子どもは親を心配させることなく一人で電車に乗って学校に行く。落とし物の多くは元の持ち主に戻る。この信頼はスローガンや掛け声で作られるものではなく、日々積み重ねられた社会契約(約束)の結果である。愛国とは、問題を隠すことではない。本当の愛国者とは、他者の長所を正しく認め、自分の短所を認める勇気のある者である。
日本がこれほどの国となったのは、一朝一夕の成果ではない。教育を重んじ、規則を守り、信用を大切にするからこそ、今日の社会があるのだ。経済の発展は表面的なものであり、文明レベルこそがその根本であると思っている。社会の進歩とは、高層ビルがいくつあるかではなく、人々が時間を守り、信用を守るかにかかっている。GDPの成長がどれだけ速いかではなく、人と人の間に基本的な信頼と尊重が存在するかにかかっているのだ。
日本の小さな飲食店では、(従業員の)高齢者が箸を一膳一膳丁寧に拭いている。街角では、子どもが自らごみを分別して捨てている様子が見られる。電車の中では、人々が静かに本を読む。こうした細かな行動にこそ、最も心動かされるのである。祖国が真に強くなるためには、経済の数字の成長だけで満足すべきではなく、社会の文明の進歩を追求すべきである。誰もが規則を守ることを苦とせず、誠実であることを愚かと思わず、互いに尊重し合うことを卑しいとは思わない、そんな社会を築くべきである。
東京国立博物館を訪れた。小学生たちが整然と列を作り、押さず、揉めず、騒がず、乱れもなく、先生が大声で叱る必要もなく、合図一つで子どもたちは即座に理解して従っていた。この光景は私の心に深く刻まれ、長く落ち着きを取り戻せなかった。愛国心は誰にでもある。しかし、本当の愛国とは、目を閉じて耳を塞ぐことではなく、目を開いて世界を見つめ、他者の長所を取り入れて自分の短所を補うことである。」
なお
チュニジアはチームガタガタだし前半4分で速攻先制されてるしでいいところ探す方がキツいわw
コイツらに応援されても良い事無さそうだし
朝日を見習えよ。さも日本がいいようにしゃべておいてだがちょっと待ってほしいとやるんだよ。
ここからが本番ですってわからせなきゃ効果ないだろ
いつも通りの仕事だよ
日本を賞賛して首を失くすのと、どっちを選ぶかって話でしょ。
中国の一般人民のネット環境がどんなモンか知らんけど、
テレビで試合観戦しながらネット掲示板で実況でもしてみれば
自分の素直な感想を公開するのがどれほど危険か分かるんでないかな。
「お前らに応援されても…」
これだから中国は実に哀れで笑えるだろ。
早く第二次天安門事件が始まんないかなー
21日に行われた試合は、日本が立ち上がりの前半4分に左サイドの中村敬斗の折り返しを鎌田大地が押し込んで先制に成功。同31分には上田綺世が強烈なミドルシュートをたたき込み追加点を挙げた。エンドが変わった後半24分には、上田のパスに抜け出した伊東純也がゴールキーパーとの一対一を制して3点目を挙げると、同38分には佐野海舟のクロスに上田が頭で合わせてこの日2点目。試合はこのまま終了し、日本が4-0で勝利した。
中国のSNS上では日本戦の関連ワードが相次ぎトレンド入りし、ネットユーザーからは日本の勝利をたたえるコメントが多く上がった。一方で、CCTVの実況・解説者の「チュニジアびいき」がひどいと指摘するコメントも多数見られた。以下はその一部。
「CCTVの解説者はチュニジア人なのか? ずっとチュニジアのことばかり」
「CCTVの解説は終始チュニジアを無理やり称賛していた。日本が強いと認めるのはそんなに難しいことなのか?」
「CCTVの『持ち上げ役』の2人が最初の20分間チュニジアを褒めちぎった直後に日本に先制点を決められた。そして次の20分間もまたチュニジアを持ち上げていたら、今度は日本に2点目を決められた」
「CCTVの解説はもうチュニジアばかり持ち上げるのをやめてくれないか。知らない人が聞いたらチュニジアが同点に追いついたのかと思うだろう。ところが現実は厳しく、チュニジアを褒めた直後に日本がまた1点決めた」
「まったく同感。チュニジアはひどい内容なのに、それでも褒め続けている。解説者のレベルは中国代表のFIFAランキングよりも低い」
「CCTVの2人は試合を通じてずっとチュニジアを褒めていた。まるでチュニジアのサッカーがあまりにも素晴らしいものだと言わんばかり」
「笑った。チュニジアを応援しているのかと思った。後半ずっと褒め続けていた。そして褒め終わるたびに日本が得点していた」
「CCTVの解説は立場が偏りすぎて事実を見失っている。チュニジアをひたすら称賛していたが、結果は日本に大敗。こういう『太鼓持ち』が盛大に赤っ恥をかくのを見るのが好き」
「CCTVの実況アナウンサーと解説はひたすらチュニジアのあらゆる面を褒めていた。チュニジアの攻撃に潜む問題点も、日本が耐えながら狙っていた脅威もまったく見えていなかった。結果として、日本の伊東がチーム3点目を決め、2人を黙らせた」
「CCTVの解説は本当に『客観的』だったな。日本が2-0になると『チュニジアは後半に改善が見られる』と褒め、3-0になると『ルナール監督の選手への励ましや指示は的確だ』と褒め、4-0になると『チュニジアの最後まで諦めない精神は素晴らしい』と褒める」
「みんな解説を聞いたか?もう耐えられない。CCTVの上層部から『日本を褒めるな、チュニジアを褒め続けろ』とでも指示されているのか?」
「CCTVの2人の解説は、まるでチュニジアの12人目、13人目の選手のようだった」
「CCTVの日本対チュニジア戦の中継を見たが、解説者は終始チュニジア代表監督を無理やり持ち上げ続けていた。恥ずかしいと思わないのだろうか。日本があまりにも順調に勝つのを快く思わない『大国の器の小ささ』が働いているのかもしれないし、日本を褒めると一部の国民を刺激してしまうとでも考えているのかもしれない」
「SNSを見たら、他の人たちもCCTVの日本戦の解説は偏っていると感じていて安心した。チュニジアが(日本の選手を)削ったりつぶしたりすると、CCTVの解説は『サッカーでは身体接触は普通のことです』と言う。その程度の度量で、よく他人に『小さな礼儀はあっても大義がない』などと言えるものだ。小さな礼儀すらないわれわれは何と言えばいいのか」(翻訳・編集/北田)
https://www.recordchina.co.jp/b980346-s25-c50-d0052.html